科研について

本研究の目的

大学進学率は1999年には概ね50%に達し、今後もさらに上昇するものと予測されている。高等教育のユニバーサル化の進行に伴って大学入学者の多様化も進行しつつある状況において、充実した教育の提供と評価は日本の大学にアカウンタビリティという点からも求められている。日本の大学は近年の大学改革の流れのなかで、カリキュラム改革やFD活動等には取り組んできたが、大学での教育評価の手法の開発にはほとんど手がつけられていないのが現状である。

山田は1996年以来、国内での4年制高等教育機関における導入教育の実施状況と問題に関する実証研究および導入教育のカリキュラム開発・教授法研究を推進してきた。日本における導入教育の現状については、2001年~02年にかけて、全国の私立大学の学部長調査により636校から回答を得、その成果は2002年度教育社会学会等で発表してきた。一連の導入教育の研究を通じて、学生の大学での教育の効果に対する評価が日本においてはまだ未成熟であるとの確認をするにいたった。 また、特色GP、現代GPによる教育プログラムの評価や大学評価が開始されるなかで、教育の効果・成果が認められるようなデータの提供がますます求められつつある。政策的にも研究のみならず教育を重視していく方向性にある転換期の日本の高等教育機関において、学生の教育効果・成果に関する評価を精緻に構築していくことは、次世代につながる人材の育成といった点でも緊急の課題である。

本研究の目的は、転換期の大学における学生の教育評価を、学習成果の達成にのみ焦点化するのではなく、現在の学生の家庭環境、経てきた学習背景、若者文化等が及ぼす影響を解明し、その上で大学での学習における学習意欲、動機づけ、学習態度や習慣などの情緒的な要因を向上させることにつながる教育評価の開発をおこなうことである。その際、教育評価(アセスメント)研究が進んでいるアメリカ、カナダ等におけるアセスメントの現状と課題を把握し、次に日本と近年極めて酷似した大学のユニバーサル段階とアカウンタビリティ問題が浮上してきているオーストラリアの現状を比較検討することで、我々の研究視角に国際比較的側面を加味する。

教育成果に関する先行的な研究としては、大学生の学力低下への関心を喚起した京都大学の西村等の大学生の数学能力の低下に関する実証研究が存在するが、この研究はあくまでも学習能力や学習達成度にのみ焦点をあてており、その背景にある情緒的側面には言及していない。その他にも教育現場での実践研究やガイダンス教育に関する効果に関する研究や報告は枚挙に暇が無いが、現場での実践や理論研究にとどまり、包括的、体系的に学生への教育効果を捉えていない。アメリカでは1990年代から教育効果に関する包括的、体系的な研究が活発に実施されてきたが、日本においては、総合的に見れば、学生の教育評価については、英語能力を測定するTOEICやTOEFLなどに代表されるような学習達成度評価に限定されて捉えられがちであり、学習意欲や関心などの学習を達成していく上での基盤となるべき意欲や満足度、自己評価・価値観などから成る情緒的側面での教育効果に関する研究はほとんど実施されていない。また、近年多くの高等教育機関において学生調査が実施されるようになってきたが、各大学が個別に学生調査を実施し、機関間でのデータの比較や長年にわたって継続的に実施するタイプの学生調査は数少ない。

筆者は共同研究者とともに複数の機関で継続的に実施し、長期的にデータを収集し、教育効果・成果を分析するための情緒的側面を重視した学生調査を開発することを目的として現在研究を続けている。開発をするに当たって、モデルとして採用してきた調査がアメリカの大学生調査(CSS)である。本調査は開発者であるアスティンが提唱しているI-E-Oモデルをベースとして設計されているが、アスティンに限らずアメリカにおいては学生の発達と成長に関する基礎研究が豊富であり、そうした基礎研究に基づきながら種々の学生調査が開発されてきている。

本研究の特色

近年の大学のユニバーサル化に伴い大学生の学力および学習意欲の低下問題は社会的にも大きな関心を呼んできた。その背景として学生を取り巻く環境変化や学生文化の変容があると指摘され、学生の変容に応じた教育課程の構築、教授法の開発が様々な研究者、教育者によって実践されてきている。本研究の一部メンバーが2000年以来実施してきている「効果的導入カリキュラムの開発」等もその一環といってよい。現在の大学生の学習状況、意欲を含めた包括的な学生文化に関するデータおよび大学生が大学生活を通じていかに成長し、どのような能力やスキルを身につけるかという成長過程のデータに基づいた教育評価を構築することで、初めて効果的な教育課程やカリキュラムへとつながる。しかし、現在日本においては学生の基礎的背景、学習状況、態度や習慣を診断し、そうした情緒的な要因向上につながるような教育評価はほとんど実施されていない。一方欧米諸国特に米国では学生の教育評価を大学での教育効果とリンクさせるような視点からの研究が長年にわたって学生調査をベースに実施されてきており、学生の情緒的成長を目指すような教育評価開発へとつなげてきている。本研究では3年間の研究期間内に、(1)日本における学生の現状を学生の成長過程といった視点から調査する。(2)学生の教育評価研究が進展しているアメリカおよびカナダの教育評価研究について、その全体像の把握のもとで、実際に開発されているアセスメントの活用および指標の開発状況を調査し、オーストラリアについては、1990年代からの教育改革の流れのなかでのオーストラリアの大学の学生の教育評価の進展状況について把握する。(3)一連の成果に基づき、日本の大学の学生に共有できる教育評価の開発を目指すことを企画する。という計画を立てて、実行した。

本研究に従事する前に、代表者とメンバーは、国内では先駆的に一連の導入教育の調査研究および学生調査研究を実施してきたが、そうした知見にもとづきより先行したアメリカやカナダの教育評価研究を通じて、大学のユニバーサル化の進展のなかでの学生の変容に対応する教育評価の開発を意図している。そういう意味で本研究は、問題解決型の研究であり、かつ実践的であることから、今後の日本の大学に必要とされる学生の教育評価の進展に大きな意義を果たすものと思われる。